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曹鼎
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曹鼎(そうてい)とは、『三国志』に登場する魏の皇族かつ宗室。約3名ほど存在する(そのうち1名は非皇族)。 1. * 曹鼎 (尚書令) : 字は叔興。曹萌(曹節)の子、高帝・曹騰(曹操の養祖父で宦官)の兄、驃騎大将軍・曹洪の伯父。曾孫に『六代論』の著者・曹冏がいる。河間郡の相をつとめたとき、冀州刺史の蔡衍が、曹鼎が汚職をしていると弾劾し、末弟の曹騰は兄を許すために蔡衍に嘆願したが、蔡衍は曹鼎を逮捕投獄した。後に釈放され、尚書令を歴任した。甥の曹洪を蘄春県の長に推挙した。 2. * 曹鼎 (呉郡太守) : 上記の叔父・曹鼎(叔興)と同姓同諱である。字は景節。曹騰の兄・曹伯興の子、大司馬・曹休(曹操の族子)の祖父、子は「豫州刺史・曹水(曹遂)」という。孫の曹休はこの祖父を尊敬していた。孝廉に推挙され、後に呉郡太守となった。176年夏5月に『第一次・二次の党錮の獄』で党錮の禁を受けた清廉派の党人を釈放するように霊帝に諌言し、その不興を買った老齢の父に連座して処刑された。 3. * 曹鼎 (明) : 真定府寧晋県(現在の河北省邢台市寧晋県)の人。明の太傅・曹鼐の弟。進士に及第し、給事中まで累進した。
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曹鼎(そうてい)とは、『三国志』に登場する魏の皇族かつ宗室。約3名ほど存在する(そのうち1名は非皇族)。 1. * 曹鼎 (尚書令) : 字は叔興。曹萌(曹節)の子、高帝・曹騰(曹操の養祖父で宦官)の兄、驃騎大将軍・曹洪の伯父。曾孫に『六代論』の著者・曹冏がいる。河間郡の相をつとめたとき、冀州刺史の蔡衍が、曹鼎が汚職をしていると弾劾し、末弟の曹騰は兄を許すために蔡衍に嘆願したが、蔡衍は曹鼎を逮捕投獄した。後に釈放され、尚書令を歴任した。甥の曹洪を蘄春県の長に推挙した。 2. * 曹鼎 (呉郡太守) : 上記の叔父・曹鼎(叔興)と同姓同諱である。字は景節。曹騰の兄・曹伯興の子、大司馬・曹休(曹操の族子)の祖父、子は「豫州刺史・曹水(曹遂)」という。孫の曹休はこの祖父を尊敬していた。孝廉に推挙され、後に呉郡太守となった。176年夏5月に『第一次・二次の党錮の獄』で党錮の禁を受けた清廉派の党人を釈放するように霊帝に諌言し、その不興を買った老齢の父に連座して処刑された。 3. * 曹鼎 (明) : 真定府寧晋県(現在の河北省邢台市寧晋県)の人。明の太傅・曹鼐の弟。進士に及第し、給事中まで累進した。
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